2012年6月2日土曜日

全国削ろう会 懇親会にて

宮大工棟梁 小川三夫
 法隆寺棟梁 西岡常一(つねかず)さんの弟子で、小川三夫(おがわ みつお)さんとの話では、西岡常一さんの倅さんの話が出て、なぜ親父の仕事に付かなかったかを、聞きました・・・・・やはり 貧乏で大変な時代を経験してしまい、2人ともサラリーマンになり、一人な 優秀なエンジニアとして名を残し大きな仕事をしていたそうです。もう一人は 阪急の重役まで登りつめたとのこと・・・・・やはり 2人の倅それぞれが、それぞれの才能を持っていたんだな・・・・・て、小川さんは話してくれました。

西岡棟梁の弟 楢次郎さんの事も聞きました。 持っていた道具の素晴らしかったこと・・・・・・この意味は カンナの研ぎの素晴らしいこと、のこぎりの歯の浅利の素晴らしいこと・・・・・・・兄貴の前より出ないで、生涯を寡黙な宮大工として終えたこと  直に接した小川さんならではの話の内容でした。また 小川さん自身 寺社仏閣をすでに100件以上こなしてきたことは、西岡常一さんの棟梁のやり方の裏がえしでとも考えられますね。 若手の大工を育成し、本人は60歳で鵤工舎を若手に譲り、自分のやりたい分野に移ったのは見事ではないでしょうか。 宴会では、鵤工舎の若手大工、女性大工(これが物凄く酒飲み、こちらは吹っ飛ばされるほど)も含め・・・・・・・・いいなあ・・・・若い事は! 

第27回 全国削ろう会 川越大会

講演会 3人のゲスト 和釘 白鷹幸伯(しらたか ゆきのり)  宮大工 小川三夫 錦帯橋棟梁 海老崎粂次(えびさき くめつぐ)各氏

すごく良い会でした・・・・・・・蔵の会の協力なさった、福田 守山さん以下皆さんのおかげです。 講演会などはまた感動の連続でしたね・・・・・・・良い話が聞けて、長生きして良かったと思います。 夜の懇親会では、全国の若手もそろいえらく盛り上がっていました。 

懇親会では、個人的にもお三方の話が聞けて、それぞれの仕事の上での詳細な部分も判り、物凄く良かったですね。  

和釘 白鷹幸伯氏の話 
1.  和釘の白鷹幸伯さんとの話では、川越在住の建築家羽深隆雄氏との 「銀座 九兵衛」支店の鉄細工の仕事などがえらく印象に残っているそうです。 建築家羽深隆雄の仕事も・・・・・建築も一流であれほどのものの中に、白鷹さんが仕事をさせてもらったと・・・・感謝し・・・生涯忘れないと話してくれました。 まさか 銀座九兵衛の仕事をやるなぞ、夢にも思わなかったと。今日の懇親会に、羽深さん来ていないのですかと、非常に残念がっていました。

なお 5年前に奥さんを亡くし、90kgの体重がなくなる時にはやせ細り、かわいそうな事をしたと涙ぐんでいました。 ちなみに 和釘の仕事での収入では、食べていけず・・・・(テレビで奥さんがこぼしているのを、いつか見た記憶がありね)  その話をしたら・・・・・・奥さんの実家が、材木問屋でその取扱い金額が半端でない・・・ところから、えらく貧乏な職人の家に来てしまつたとの思いもあったよ・・・・との事  職人の辛さでしょうか。しんみり来ました。

写真 左 白鷹氏  右 小川三夫氏







maeda

建築家 池原義郎先生との対談

建築家 池原義郎と対談   

先生の建築論から、建築への姿勢を大いに語ってもらいました。 特に自分の主体が基本であること、社会 時代に対しておもねない・・・気持の問題が、大事であること。  特にカントの思想に影響を受けられたこと、すなわち オートノビー 初めに個があること  それから社会にアプローチすることは、矛盾しないこと

特に 戦後流行った、住むところのない時代に議論された、建築のゾーニングについては、大変否定的でした。 すなわち全体があり、個がそれに従属するのはおかしい。 個がありそれから全体があるとのお考えでした。 初め個がありそれから社会にアプローチすることは、なんら 正当であり、矛盾しないとのこと。

ご自宅は、所沢トトロの森に隣接しており、大変閑静なお宅で、現在 ご夫婦とお年寄りの3人で住んでおられます。 先生は当初  物理学者になりたくって、それから 生物学者に成りたかったとか。 ご長男が、いま 物理学者でご活躍です。 どうも 建築家のせがれは、建築家にならない人が多いようで、村野藤吾のせがれ豪さんも建築家の道を歩まれませんでした。

なお 長崎の26聖人の建築には、若き池原義郎が関わったことは有名ですが、埼玉では、川島 遠山記念館に今井先生のもと仕事を途中まで手伝ったとのこと、(これには内緒の話があったことを聞きました)


今後 頻繁に建築家 池原義郎に会いに行く機会が多いと思います。   別れしなに 著書 「光跡」をサイン入りで頂きました。 今晩 一気に読み上げるつもりです。


maeda



skyscraper

高さ 220mの超高層建築  今 芦原事務所で設計中 スタッフ9人 で・・・・頑張る

ニューヨーク  超高層確認申請図

いまや ニューヨークも建築ラッシュで、確認申請が降りるのに、2~3ヶ月待ち(でも超高層建築での話)だそうです。 早くやるのには、一つの手があり、ある設計者はこんな手を使ったそうです。「確認申請の表紙に・・・・この設計図書は、神に誓って間違いありません」と・・・・・その日に確認申請は降りたそうです。 アメリカらしい話ではないですか!まだ他に面白い話をされていました。








前田勝之

エディット・ピアフ  愛の賛歌


 LA VIE EN ROSE
エディット・ピアフ  愛の賛歌 

 久しぶりにフランス映画を堪能しました。 

エディット・ピアフを演じる、女優 MARION・COTILLARD(マリオン・コティヤール)がすごい・・・・参った!1975年生まれ 32歳 その演技力もすごいが、20歳から死ぬ47歳までを、1人演じきっている。 完全にエディット・ピアフになって   人生の哀愁と喜び、数々の愛の遍歴を演じきっている。また その監督、脚本は見事なもんです。 酒と麻薬におぼれ、人生の軌跡を映画で見事に演じきっています。  その周囲の人間模様を演じるかたがたの見事な演技・・・見事な表現力は、近年にないフランス映画の醍醐味を感じます。 かつての ジャンギャバンの「望郷」のように、すごい映画に出会えました。

恋人 マルセル・セルダンを飛行機事故で失ったあと、彼女が作詞 作曲した「愛の賛歌」に見られるように、彼女は詩才と作曲の才能にも恵まれていたと解るように、数々のシャンソンをヒットさせている。

 ねじ込むような歌い方、人生とはこんなものよ・・・・そんな彼女の歌に惹かれるのは、人生の哀歓を皆が感じているからに違いない。
イブ・モンタンとの愛に生まれた、「バラ色の人生」もまた彼女の作といわれている。

監督・脚本 OLIVER DAHAN (オリビエ・ダアン) 1967年生まれだから、まだ 40歳 すごいの一言  もとは絵描きで、ミュージックビデオを製作していた経験がある。 背は低いが、内容がいい。
この映画のメーキャップがまた すごいの一言・・・・・ぜひ 映画を見ることをお勧めします。
人生には、多くの恋と愛が必要なんだなと痛感した幸せな時間でした。

この映画の撮影監督が、なんと 日本人  テツオ ナガタ (永田鉄男)です。日本人もやるもんだな・・・・が 実感。

短い人生  
俺も頑張ろう・・・・と!


前田勝之

2012年1月18日水曜日

川越3駅統合

私共の所属する川越市建築設計協会と東京電機大学の岩城研究室と共同で行っている川越3駅統合のプロジェクトが、新聞に紹介されました。


朝日新聞 2012.1.11

これをきっかけに何か進展があれば良いのですが…。
また、事務所のホームページにも詳しい情報を載せていますので是非ご覧ください。
http://www.mai-arch-eng.co.jp/sansentougou/sansen-frame.html

kawashima